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人に人としての尊厳があるように、川にも川としての尊厳がある。人と川がお互いを尊重する関係とは?を考えています。
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ホースよりスコップ
2007-04-30 Mon 13:19
「おばらが燃えてるっつぉ!」と駆け込んだ火事の知らせに、相棒は大急ぎで消防団のハッピを引っ掛けてスコップを手に飛び出した。河岸段丘の上には消火栓がない。大きな消防車が何台来ても水が無いから火が消せない。消火と言っても周りに燃え移らないよう土を掘り鎮火するのを待つしかない。だからスコップが必携。この流域ではどこのうちも一旦火がついたら全焼がほとんど。小さな防火水槽も田んぼの側溝もポンプ能力に追いつかずお湿りにしかならない。水道もないし井戸もない。足が悪く焼け死んだ年よりもいる。消したくても消せない地形のハンディーを負っていることを河川管理者は知っているだろうか?
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桜レストラン
2007-04-29 Sun 09:41


 メジロたちは10羽くらいで群れて、賑やかにおしゃべりしながら木から木へ移って来る。お目当ては桜レストラン。「早く~ぅ!いい匂い!」って感じでチィーチィーツィツィ絶え間なしにさえずっているのに、桜の木に移るととたんに静かになって蜜を吸うのに夢中。実は桜にとっては花粉を運ぶ役目をしてくれる大切なお客さんでもある。
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芝原分水の謎
2007-04-28 Sat 11:23
 芝原集落への分水には疑問が多い。まず、集落証言では「5~10月の間、一尺×一尺の水路いっぱいの水をもらえることになった」であるが、東電は「5~9月の間、0.01トン」と言っている。期間も量も食い違う。更に、信濃川河川事務所で調製保管されていた水利台帳には「芝原部落用水として0.021トンを11月1日から4月20日まで分水放流」と書いてあった。(国も関与して分水していたことになる。)しかし、これは灌漑用ではなく、冬の生活水だ。注目はこの11月~4月というのがS19に追加許可された根岸沢補給取水の期間と一致していること。冬の間清津川の水は少ない。芝原分水をすると発電量が減るため国が補給取水を認めたのではないだろうか・・・水道ができ生活水が確保できたため冬の分水は必要なくなったが、根岸沢取水はそのままH17まで行われていた。何が真実なんだろうか・・・
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芽吹きの頃のライバル
2007-04-27 Fri 11:17


この時期、葉っぱが茂る前にはよく姿を見る。沢沿いに早く芽を出す青草があるので食べに下りて来る。水辺まで来ることもしばしば。保護されているので相当数いるため、山菜取りはカモシカと人の競争状態。下手すると頭を食われたウドや竹の子しか取れないこともあるくらい。もともと奴らの領域に人が住まわせてもらってるのだから仕方ない。

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夢の森公園
2007-04-26 Thu 13:28
 柏崎市に東電が60億円出して公園を造った。夢の森公園という。環境学習の施設だとか・・・「公園と市民の環境とエネルギーの取り組み」「持続可能な暮らし」「自然との調和を目指した取り組み」・・・おおよそこの会社のやってきたこととは遠い絵空事が並んでる。もっと現実的なタイトルにしたほうが分かり易い。「引き取り手のない核の灰の行方」「河川水の収奪と川原砂漠」「化石燃料業界とCO2排出」とかどうかな・・・自分のやったことの後始末には金を使わず、イメージづくりには莫大な金を出す。6月2日にOPENして、どんな夢を柏崎市民に見させるつもりなんだろう。
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「今までより使用水量が増える更新」
2007-04-25 Wed 20:24
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています。


河川法の国のアリス 第11話「今までより使用水量が増える更新」

不思議の国を冒険するアリスは、物語の中で謎のきのこを食べて、からだが大きくなったり小さくなったり驚きの体験をする。本編河川法の国では書類の中で川の水が多くなったり少なくなったりするから大変だ。
東京電力が一昨年11月に更新申請した湯沢発電所の水利権にはとにかく謎が多い。中でも最も理解し難いのは申請書の上で常時の使用水量が今までより増えることだ。(当たり前だが、理論水力も発電力も今までより増える) 今回の更新から川の正常な機能のための維持流量を下流に放流することになり、取水量はその分減るので、今までより発電に使用できる水は減るはずなのになぜ多くなるのだろうか?

「どうして今回の更新では常時使用水量が増えるのですか?」と北陸地方整備局に聞いてみた。「使用水量は至近10ヵ年の河川流量で決まる」と言うのだ。その通り、基準期間10年の河川流量を測って放流量を引き、使用できる量のうち10年分の渇水流量を平均して常時使用水量を出す。維持放流してなかった今までより、放流するこれからのほうがなぜかこの量が多くなっているのだ。「そうすると前より河川流量が増えたのですか?」と聞くと「東電からもらってるデータの上で整理してそうなっている。過去に渇水の傾向があって・・・」と言う答え。おっと!そりゃぁないです!H4~H13年の10年間の川の水が30年前の1.4倍に増えてるはずがない。いくら国民が素人だからってとぼけないでほしい。どうして国交省は本当のことを説明しないのだろう。

これには裏がある。実は、今までの常時使用水量が本当の流量より少な過ぎたのだ。今までの2.782トンは至近10年間の河川流量から算出したのではなく、昔の単位100立方尺の換算値だ。この量は発電所開設以来80年ず~っと変わりない。大昔は10年間の流量をもとにせず、適宜何立方尺と決めていたらしい。昭和30年代からは流量観測をもとに計算するようになった。湯沢発電所は上流施設清津川発電所と直結した昭和33年、取水口が2ヶ所に増設され、この時東電は10ヵ年流量をもとに常時使用水量をそれまでの2.782トンから3.371トンに増量する変更申請をした。当時の許可権者新潟県は、東電の申請どおりの許可をしたにもかかわらず、何故かこの後も数字は元通りの2.782トンになり、正されないまま河川管理者は国に移りその後2回の更新を経て現在に至っている。30年前の前回更新時(昭和50年)には、東電は申請期間の3ヶ月も前にさっさと申請書を出してしまう荒業をやってのけている。(今回はギリギリ最終日に提出でした) この時も10ヵ年流量を使わず、従前どおりの100立方尺を変更しないでそのまま国は更新している。「常時使用水量は実務的には利水者の申請によって改正をしている」と水利調整室が書いているとおり、許可は最大取水量に重きをおいてされるので、「最大取水量6.121トンには変わりないからかまわない」というのが国のスタンス。ところが、維持流量の放流が適用される今回の更新では、放流量計算に伴い常時使用水量も計算される。計算してみれば維持放流するにもかかわらず、書類上は使用量が増える矛盾した申請内容になったのだ。(どうして県が増量許可したのにもとの100立方尺になったんだって?それはこの時の許可書に秘密があるから。この秘密はまたの機会に・・・)
さて、私がどうしてこの常時使用水量にこだわるのかというと、水の代金に関係しているからだ。河川法第32条では河川の流水の占用料について定めている。発電に使用された水の代金は常時使用水量をもとに計算し、新潟県に納められている。昭和34年から平成17年までの46年間、曖昧な河川行政のおかげで湯沢発電所の占用料は少ないまま納められ、県民は概算で8千万円くらい損をしたことになる。勝手に増設して効率よく取水でき、代金は据え置きのままで得をしたのは誰だろう。清津川下流の渇水はこの増設時を境に著しくなっている。流域に住む者が黙って今回の使用量が増える更新を見逃すことは、これまでの間違った許可行政を認めることになると私は思っている。史実を明らかにして国・東電・流域が正しい認識を共有して初めて今後の清津川をどうするかが話し合える。次の世代にも不条理を強いることのないよう、間違いを誤魔化して上塗りする歴史は私たちの代で終わりにしたい。

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ハッカーにエールを贈る
2007-04-24 Tue 13:24
 パフォーマンス好きな若いエネ庁あがりの知事くんはろくなもんじゃないと思っていたら、案外そうでもないかも・・・水俣病にも県独自の救済を考えてるし、原発の不祥事にも不快感丸出しにしてくれてる。知事選前に、「官僚出身の借り物知事候補」とマスコミに書かれた時、「コンピュータウイルスを退治するにはハッカーを雇え」と自らが官僚であることを開き直ってたけど、原子力保安委(経産省)に甘い顔しない所は評価したい。水力も同じなんだよと言ってやりたい。新潟県はずいぶん電力にイジラレタ県だ。平成大合併で合併余儀なくされたのは貧乏な町村で、生き残った所は電源交付税が電力から入っている町村。柏崎市・刈羽村・聖籠町・湯沢町・津南町・・・電力会社が県の地図まで変えてしまうのが如実に分かる。そんな新潟の顔なんだから、原発だけでなく水力の不正もしっかり怒って決断しようねぇ、ハッカーくん。
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ネズミ捕りの効果はあがるか?
2007-04-23 Mon 13:24
 20日に国交省が発表した水力発電所の不適切事案(3月14日までに報告のあったものだけ)の件数をどう考えるか?一級河川の発電所総数が997箇所でそのうち不正報告件数が959件。なんと96%の発電所で何らかの不適切事案があったわけ?そのうちリミッター関係、つまり超過取水を誤魔化したものが793件。う~ん・・・河川法あっても無いに変わりなしって感じ・・・どうりで北陸地整が「東電だけ特別扱いしない、ほかにも多くある」と言うわけだ。つまり超過取水が普通になってたってこと。「パトカーが見てないところでスピード出してもわからない」って結構普通だけど、なんだか似てる。河川局が考え出した「抜き打ち検査」はさしずめスピード違反の取締りみたいなものかなぁ?
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五十歩百歩
2007-04-22 Sun 13:18


この水路にどのくらいの水が流れるかを計算してもらった。写真下に写っている私のケイタイがおおよそ20cm弱なので水路内寸は25cmくらいだろうか・・・水深もほぼ同じくらいとして通水断面積を出し、潤辺を仮定して径深を出し、側面抵抗を想像して粗度係数を入れる。後は勾配だが、これは計測してないので何通りかで試算。で、でてきた流量は0.025~0.08m3/sくらい。集落の証言「一尺×一尺」よりは小さいけど、東電証言「0.01m3/s」よりは流れそうだ。やはり実際にどのくらいか立ち会ってみる必要がある。多くても少なくても盗人には違いないんだけど・・・
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イタチのいっちゃん
2007-04-21 Sat 14:30


イタチにしては、バカデカイ。ペットショップで売ってるフェレットの2倍くらいある。たぶん雄だろう。イタチは雌雄の体格差がある。このデカイほうをいっちゃんと呼び、もう一匹の顔の黒班がはっきりしていて体の小さいほうをいっこちゃんと呼んでいる。テンは黒い鼻をしているが、イタチはピンク色だ。イタチが水辺にいる時は魚を上げようとしている時。自分より大きい池の鯉でも水中から引きずり出してしまうくらい強い。餌食になった鯉は柔らかいハラワタを食われているので、エサ台に魚の内臓をおいてみた。大口開けて一飲みにする瞬間の写真。イタチは水辺の狩人だ。
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水配りの違法性
2007-04-20 Fri 16:32
 北陸地方整備局は今日付けで「不適切な水利使用のあった6電力会社に対する再発防止策と重大な違反事案に係る監督処分について」と言う発表をした。塩原発電所のような水利権取り消しはなく、安全性に問題のあるものはその確保までの間の取水停止等の処分で厳罰とは言い難い。東電が該当したのは長野県の3発電所でダムの報告値を改ざんしたもので、第三者による10年間の点検報告としている。もちろん湯沢発電所は該当なし。残された可能性は発表の最後にある「なお引き続き6電力会社からの報告内容の精査を行い、必要に応じて監督処分を行う等、適切に対応する」という文言だけである。さあ~て、ここからがパワーゲーム。現在申請中の更新にどうやって歯止めをかけられるか・・・お上よりお偉い東電が、河川法を無視して勝手に水配りをやってることをお上はちゃんと処分できるのだろうか・・・
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「改ざんデータで申請しても許可できるの?」
2007-04-20 Fri 11:32
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています。


河川法の国のアリス 第10話「改ざんデータで申請しても許可できるの?」

 中国電力のダム管理報告値改ざんに端を発した水力発電の不正では、国交省は水利使用規則で定めた取水量の定期報告についても調査報告するよう徴収命令を出した。これに対し2月14日東電は答え、三俣のように自動制御している施設では、取水口で水量を測らず発電出力から逆算してどれだけ取水したかを報告していた、逆算値が許可水量6.121トン以上になっても数値を置き換えて許可量を超えないように記録されるシステムになっていた、しかし計算上6.121トンを上回っても実際の取水量は許可水量を超えてないと判断していると報告している。・・・ちょっと待ったぁ~!東電が今回の水利権更新申請に用いた流量データは発電出力からの逆算値ではなく、水位と流量の関係を示すグラフのついた実測値だ。これは経産省との決め事である電気事業法に基づいて観測し報告した水位流量年表を 国交省との決め事である河川法の水利権更新申請に用いたものだ。その実測値でもぴったり6.121トンで頭切りした記録が長年報告されていた。「洗面器の中の水を測るのと違い、流れている水を測るのは難しい」と北陸地方整備局では説明する。その通りだ。だからこそ、実測のデータではきれいに毎日数字が揃わず揺らぎがあるはず。観測の精度が低いとしても、超過に取水して頭切りして報告した疑いがある。同じ日の発電出力からの逆算値では「上回った数字を置き換えた」と東電自身が言ってるのだから。改ざんしたデータで更新申請しても許可できるのだろうか?

「改ざんしたデータで申請したものでも国は許可できるのですか?」と支店(北陸地方整備局)で聞いた。「昨年3月時点で申請をあげてきた素案については、取水制限流量をはじき出すにはデータは不自然な点はないと東電の話を聞いて精査している。」という答え。取水制限流量(放流量)は、川の正常な機能に必要な10項目(生き物・景観・水質・灌漑など)の検討をして、どれだけ放流すればいいかを算出する。この時、ポイントになるのは渇水時の流量だ。「不自然な点はない」とは、放流量の計算に関係しない豊水の時は、多少(?)許可水量を超えて取水して数字を書き換えてあっても、許可には差し支えないということかぁ?なんともお心ひろいお代官様だ。まるでおきて破りの大店(おおだな)に「これからちゃんと報告すれば許してやるから稼業に励め」とおおせのように聞こえる。下流の領民は泣かされてきたのですよ・・・
もともと発電所の最大取水量は効率よく発電できるように水の豊かな時の流量で設定される。湯沢発電所の6.121トンも小さな清津川にとって負担の大きい量だ。通常の発電所では取水した水は、田んぼや水道に使うのと違い、減らないまま発電後はもとの川に戻るので問題は少ない。が、清津川の場合は、もとの川に戻らず下流にとっては厳しい日が多くなることを忘れてもらっては困る。6.121トンを超え8トン近く取水した記録は過去にあり、東電自身それを認めている。それに不都合な数値を書き換えて報告するデータ管理自体に問題があり「豊水期のデータは書き換えましたが、渇水期はしてません」と言われても信じられない。まして渇水時のデータは、もとより住民が観測流量・観測の信憑性の矛盾を指摘していたはずだ。清津川の渇水は夏と冬に起こる。夏の渇水時は下流国交省観測所と流量が逆転している謎のデータであり、冬は2~3mの積雪時に定期的に週一回測ったとする命知らずの観測データである。こんな不思議だらけのデータを基にして国は許可するのであれば、「これより他にデータがない」と言わず、東電データを妥当とする根拠をしっかり説明してほしい。

 河川法第七十五条(監督処分)の解説では、法に付した条件に違反している者に監督処分の対象として是正(許可水量以上に取水してはダメです、決められた手法で取水量報告しなさい・・・)を求めること、詐欺または不正な手段で許可を得た者に罰則の規程を書いている。処分の内容では必要以上に過大な処分はないが、改ざんデータを含んだ申請を許可することは「河川管理者の意思決定に瑕疵(かし)があった(許可したのは間違いだった)」ということじゃないか?と私は考えている。データの改ざんが「詐欺または不正な手段」にあたるのか法解釈の得意な方は教えてほしい。果たして改ざんデータで申請した水利権は、前代未聞の「間違った許可」として更新されるのだろうか・・・

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名札をつけた木偶たち
2007-04-19 Thu 13:21
16日に産経新聞がTOPで塩原発電所取水許可取り消しの大見出しで「国交省と経産省は水利使用許可取り消しの方針を固めた」と書いた。同じ日の東電のプレスTEPCOニュースでは次のように短い発表をしている。

4/16(月)産経新聞1面「塩原発電所 取水許可取り消し」に関する当社スタンス
 現時点において、国土交通省ならびに経済産業省より、本件に関しての処分をいただいた事実はありません。  以 上

「まだ雷は落ちてないから当社としてはお答えしませんよ」ということらしい。この会社のスタンスにはいつも言葉にできない違和感を感じる。悪びれない妙なプライドがあるのだ。だから、社長以下役員が揃って頭を下げる映像を見ても心から反省してるとは思えない。これは現場の職員と話しても同じ。何故か会社全体が異空間に浮かんでいるような・・・生の肌感覚を感じない、話しているうちに名札をつけた同じ顔のマネキンを相手にしてるような気がして虚しくなる。

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使ったのは許可範囲内
2007-04-18 Wed 20:05


「発電機の水車開度を最大取水量に合わせて稼動し、許可水量を超えている場合は、報告上、頭切りして数字を置き換えていた」ということは、水車に入りきらなかった水はオーバーフローしていたことになる。写真は湯沢発電所の遠景だ。山の上から2本の水圧鉄管があり、その右横に黒い筋がある。夏は草が茂って分からないのだが、雪解けの時期よく見えるようになる。これが余水路。「余水路は故障など緊急時に水を抜くためにどの発電所でも設置している」というのが東電の説明だが、どうもインチキくさい。大正時代の発電所はどれもアバウトに取水し、穴に入らなかった分を余水路から川に戻していた。昔は取水量の報告も要らなかったので発電側からするとこれが最も効率よい方法だ。普通の発電所では取水した川に余水は戻るのでこれでもいい。だけど、湯沢発電所のように流域変更して放水する発電所では、余水はもとの川に戻らない。彼らは取水量と使用量を分けて話す。つまり「我社が使用したのは許可の範囲内です」ということで、取水量が超過していても使ってないのだから自分たちが悪いことをしているという認識がないのだと思う。
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雪が解けて見えた穴
2007-04-17 Tue 13:46


何のトンネルかというと取水した水を発電所まで引いていく導水路の途中にある出入り口で点検坑と呼ばれている。問題はこの中央の蓋がしてある水路だ。水盗人の手口はここにある。どうやら発電目的に取水した水をここから他の用途に使っているらしい。昔は数箇所でこのような違法な分水をしていた。分水をすると水が減って目いっぱい発電できないはずだが、なぜか発電出力からの逆算で計算した取水量は、「最大許可水量を超えると数字を置き換えて報告していた」と東電は言っている。つまり、分水分上乗せ取水しても頭切りするほど超過に取水していたということ。「河川法違反の目的外使用と無許可施設改築、その分水分の発電量を減らさないための超過取水とデータの改ざん×80年間」という解釈でいいと思う。
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水盗人の処分
2007-04-16 Mon 21:25
東電塩原発電所(栃木県)の水利権が取り消された。違法な取水をしてデータを改ざんした処罰だ。河川法違反による水利権の取り消し処分は全国初めての厳罰。水盗人を刑事告発することも視野にいれたようだが、今回は処分のみとなった。「H6年から年平均100万立方m以上の水を取水」とあるので単純に時間割すると0.03トン/秒だ。・・・ん?湯沢発電所の違法分水(取水)のほうがはるかに大きい・・・5ヶ月×80年間だし・・・累計すれば億単位のトン数!よ~し、水利権取り消しさせるっきゃない。
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黄テンのテンコさん
2007-04-15 Sun 15:15


水辺にはいろんな命が暮らしている。獣たちの狩場はもっぱら川に依存していると言っていい。川に沿って雪の上に足跡がたくさんあるので、その主を見てみたいと思った。自然鳥獣の餌付けはよろしくないが、窓の外にエサ台を作ってどんな奴が現れるか観察した。定着して来るようになったのはテンとイタチだ。写真は黄テン。2個体いるようだ。こちらを「テンコさん」と呼び、もう少し大きくてフサフサした毛並みのほうを「テンタくん」とした。(実は性別不明)テンコさんはずうずうしくエサがないと「今夜はメシ抜き?」とこちらを覗き込む。本来は雪の中でもウサギやネズミを獲ってたくましく生きている。しなやかな身のこなしとオペラ座の怪人のような白い仮面は、さしずめ水神様のお使い?といった風格だ。
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「取水した水の用途」
2007-04-15 Sun 08:12
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています。


河川法の国のアリス 第9話 「取水した水の用途」

 河川法第2条では川は公共用物で、河川の流水は私権の目的とならないと書いている。一般に物が財産権の対象となるためにはその物が特定されなければならない。同じ水でもペットボトルの水は「○○さんのもの」と言えるが、川の水は絶えず流れていて「ここからここまでが○○さんのもの」と言えない。水利権はそんな流れている水を許可された範囲内で私的に使用する権利(第23条流水の占用の許可)である。判例では「流水の占用とは、ある特定目的のために、その目的を達成するのに必要な限度において、公共用物たる河川の流水を排他的・継続的に使用すること」とされている。だから、湯沢発電所の水利権では取水した水を発電用途以外には使用できない。最大取水量以下であっても、不必要な分を取水したり、他の目的に使用したりすることは許されない・・・はずだが、どうやら清津川の水は別らしい。

 平成16年に信濃川河川事務所で閲覧した水利台帳には、湯沢発電所のページに「芝原部落用水として0.021トンを11月1日から4月20日まで分水放流」という不思議な記載があった。(その後調製された台帳にはこの記載はなくなった) 芝原集落は湯沢から国道17号を南下した芝原トンネル手前の村で、三俣で取水された清津川の水はこの集落の山側を導水路で通過する。ここでの分水放流は明らかに発電用途ではない。この場合、集落が別個に部落用水として水利権を申請し三俣からの取水が許可されたなら問題はないが、そのような記録は確認できなかった。つまり、何らかの理由で東電が発電用に取水した水を部落用水として芝原で使っていたことになる。それにしても河川法に基づいて行政をしている河川管理者自身が調製した台帳に、河川法で認められていない目的外使用が堂々と記載してあるのはどういうこと?もちろんこんな分水があったことは清津川下流には知らされていない。昔、河川管理者と東電と芝原集落の間でどのような取り決めがあったのだろうか?

 もう一つ、台帳にも記載されていない目的外使用がある。湯沢町の消防用水である。湯沢発電所に見学に行った時に、東電職員も発電所の水が出火時に利用できることを説明してくれた。300mも落差があるので、高層ビルでも消せそうな強力な水圧がかかるんだろうなぁと思ったら、案の定、平時は危険なため元バルブを閉めているそうだ。いざ事が起こった時だけとはいえ、これは発電とは無関係な使用である。3月14日、東電は国交省の報告徴収で初めてこれに触れ「設備の保安・公衆災害防止等の観点から、緊急時に使用するもの」であり、発電のための水(維持管理用水)であるとしている。湯沢発電所の規模は東電全施設の発電能力の僅か0.03%に満たないもので、万一火事で停止しても電力供給への影響はほとんどない。湯沢市街地の消火栓に発電所の水をつなぐ本当の目的は、発電のための維持管理ではなく、発電所立地周辺地域への勝手なサービスと考えたほうが自然である。北陸地方整備局は3月28日河川法違反の103件の発電所の発電用途以外の取水を停止・減量する指示をしたが、「消火栓等はこの限りでない」とお目こぼしした。本来消防水源は各自治体が自分で確保しなければならない。湯沢町も現在は自前で消火栓を設けており、発電所からの老朽化した消火栓は使われていない。町が消防水源をはるか山の向こうから引いてくる一企業の導水に甘える原因になっていた法律上のお目こぼしが、発電所の都合で取水を停止していた時に取り返しのつかない人命のリスクを伴っていたことを河川管理者は知っていただろうか?

 灌漑取水・融雪用水を語るにも「清津川の水がないと・・・」論を展開されると、南魚沼にとって清津川の水は何にでも使える超法規的水源かぁ?と思ってしまう。魚野川流域の農業者の灌漑水利権は魚野川で発生(魚野川から取水する権利)している。これが、三俣から取水する権利なら「清津川に帰属している」という扱いになり、現在行われている清津川・魚野川流域水環境検討協議会での「清津川に水を戻さないで欲しい」という主張は筋が通っていると思う。しかし魚野川から取水する権利で「発電取水した清津川の水がないと米作りができない・融雪用にも使っている。だから返せない」と主張することは、広い意味で河川法上の発電取水の目的外使用を公に主張していることにならないか?発電目的に取水され目的を果たして放流された水を含めて魚野川は流れている。だからと言って、放流後の灌漑・融雪目的を含めて三俣で取水許可がされているのではないことを確認しておきたい。


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水のアリガタミ
2007-04-14 Sat 13:33
うちは水道がない。毎日使っているのは渓流水。これは隣近所6軒で1キロ山の上の沢からホースでつないでいる。集落の上には6軒に分けるマスがありそこから各家の「自分ちタンク」に引き込む。スペースも財力も乏しいので大きなタンクではない。タンクからはオーバーフローする水を本線とは別のホースで家までひいている。このオーバーフローが途切れると流入が少なく「タンク1杯分しか水がない」というサインなので、使いすぎないよう注意する。水の少ない季節は息子がシャワーを浴び、お婆さんが洗濯機を回し、誰かがトイレを流すと余水はなくなる。だから皿洗いはしばらく休止。夕立が降り水源が濁ると米をとぐにも一苦労。・・・そういう水の使い方をしている。この自家水道の管理はすべて個人負担で労力も費用も行政の補助はない。ホースをつなぐジョイントは一つ1万円もする。豪雪地なので冬に断水になると修理のために山の中で数メートルの雪を掘る。「冷たい美味しい水でいいですね」と外来者は言う。当たり前のように蛇口をひねって水道水を使っている人には、いつも水と向き合っている生活は理解できないだろう。
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「裁量権という魔法の一条」
2007-04-14 Sat 12:59
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載されています。


河川法の国のアリス 第8話 「裁量権という魔法の一条」

不思議がいっぱいの河川法の国を冒険すると、ちょくちょく「裁量権」という魔法使いに出くわす。トランプのジョーカーのように万能な「裁量権」とはどういう権限だろうか・・・
 「全国で初めて『河川管理者が認めれば放流量の変更ができる』という一条を加える今回の許可は法的におかしくないですか?」と本店(河川局)水利調整室で聞いた。「そう言う条件の許可であり、利水者がそれで異存ないなら許可できる。」という答え。つまり、東電のご厚意に甘えて今回の更新は許可されるのか・・・でも、河川法は国会で成立したのだから「『許可の内容』を『許可の条件』で書き換えるのは、立法府に対する行政府の越権ではないですか?これができるなら法的に保護されてる許可内容を河川管理者が好き勝手に変えられることになります。2LDK月5万円の賃貸アパートの契約で入居条件に、『大家が認めるときは同じ家賃で1DKにします』と書くようなものですよ。」と聞いたら、「極端に言えばそうだが、許可水量は最大取水量について許可としているもの。常時使用水量は慎重にやらなければならないと思うが、北陸地方整備局の裁量権としてできる。」と。・・・で、で、でたぁ~裁量権!

清津川の渇水の歴史をみると、何故か公文書に登場する一条が大きい意味を持っている。湯沢発電所の水利権は当初100立方尺(2.78トン)で、権利取得から竣工までの10年間に下流に断りなく2回(大正4年・5年)の計画変更を経て、取水量は220立方尺(6.121トン)に膨れ上がった。大正12年に取水が始まると、2.2倍にも膨らんだ取水量のため下流の灌漑用水が足りなくなり、県が調停を行った。取水困難となった灌漑施設の改修費を東電が負担する調停書の最後に「将来にわたって取水量に異議を申し立てない」という一条がある。そもそも下流の慣行水利権を犯したのは東電であるのに、この一条のために現在に至るまで流域は発展を阻害され苦しむこととなる。更に昭和33年にも下流に断りなく取水口は増設され、翌年県が照会した文書の最後に「大正12年に東京電灯㈱と協議の際の契約書を添付願います」の一条があり、「下流は黙ってろ」という仕打ちを行政は中里村に強いている。今回、北陸地整の裁量権で許可書の最後に加えられる一条「河川管理者が認めれば放流量の変更ができる」は、どんな意味を持つのか要注意である。

 支店(北陸地方整備局)では今回の許可について「裁量で放流量を変更できるのは下流にとって不利なことではない」としている。一見そう取れるが「本当に放流量は増えるかなぁ?」と疑い深い私は勘ぐっている。理由の一つ目は、現在の排砂ゲートからの放流では三俣堰堤に流れ込む水の量が限られているので、たとえ協議会で放流量を増やすよう合意されても物理的に限界があるからである。つまり、三俣堰堤にある水の範囲内でしか清津川の流量は増えない。これを増やすには直結されている上流の清津川発電所の放流量を増やすしかないのだが、こちらは今後19年間は固定された量で許可される。湯沢発電所と清津川発電所はセットにして考えないと放流量は増えない。
二つ目の理由は放流量を検討する協議会のあり方だ。魚野川流域の委員は初めから5年間東電素案の放流をするという前提で協議会のテーブルについている。清津川流域の委員は5年間に東電素案に限らずいろんなパターンでの放流試験をするという前提で協議会に参加している。放流量変更をしない協議会を県が運営するなら、「放流量を変更できる」という魔法の一条は単なる飾りに過ぎず、清津川下流はまたもや公文書の一条に騙されることになる。行政に騙され続ける歴史はもうこりごりだ。北陸地整は行政の「裁量権」で一条を明記するなら、本当に放流量が増やせるよう上流施設も含めた許可を検討し、県は清津川への放流量を増やす提案を協議会で心配なく検討できるように、魚野川水系内での安定取水(魚野川の水は魚野川でまかなう)方策を具体化してほしい。

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「更新期間5年で放流量は変更できる許可とは?」
2007-04-13 Fri 12:28
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河川法の国のアリス 第7話「更新期間5年で放流量は変更できる許可とは?」

発電のための水利使用は概ね30年を目処に更新する。前回昭和50年に更新許可された湯沢発電所の水利権は昨年で期限切れとなった。「賃貸住宅を借りても、期限が来たら返さないといけない、どうして東電は期限が来たのに清津川の水を返さないのか?」とよく聞かれる。水利権の性質は一般には理解しにくい。河川法の解説では「取水しようとする者は、ほとんど半永久的にその取水を継続することを前提として流水の占用の許可を申請し、河川管理者もそのようなものとして許可を行っているため、許可期限の満了をもって水利権が当然に失効するものでない」としている。つまり、一旦許可されると、利水者が「や~めた」と言わない限り、特別な場合を除き権利は継続されることになる。じゃあなぜ30年という期限があるの?だが、「当初予期しなかった事情により、水利使用の廃止、必要水量の減少があるため、更新に当たっては公益上妥当と判断される量については認められるのは当然であるが、その判断は河川管理者の裁量に委ねられている。いうなれば許可に付されている許可期間は、その満了を持って当該許可を失効せしめる意図を有するものではなく、当該許可について再検討する機会を河川管理者に与えるためにある。」と書いてある。しかし、30年は長い。四国の橋本知事が四万十川での期間更新時に、県民の水返せ運動の盛り上がりを反映させ「10年間に」と意見を述べたことから、国は見直しの通達を出し、当初許可から100年を限度に許可されることとなった。湯沢発電所の場合、当初許可は大正3年であるから既に90年を経過しており残り10年が期限となる。東電は10年間の更新申請をすることができたのに、今回は清津川・魚野川流域水環境検討協議会の放流試験が5年間行われることを尊重し期間5年で申請したと説明している。そして国は、協議会での合意により(許可書案では河川管理者の判断により)放流量は変更できる許可をする。「期間5年で放流量も変更できることは全国に例を見ない」と国交省は言う。もちろんなんとか地域の合意形成を目指したいという方向は評価できるが、どうもしっくりしない。
まず、期間5年は申請者が「5年でお願いします」と申請したのだから、管理者が5年で許可するのは当然である。本来なら、30年ぶりの更新が見えていたのだから、もっと前から準備し、期限までにいろんなパターンの放流試験をして十分な検討を終えていなければならなかったはずである。現に、同じ日に更新を迎えた大井川の東電水利権では静岡県がリーダーシップをとり、十数回の協議を重ね期限内に放流量を決めた。清津川では東電の環境調査は直前2年足らずで、県も取り組みが遅れ、国も間に合うよう指導をした形跡がない。3者がグズグズして期限内に決められなかったが故に、暫定的な意味合いの5年申請となったと私は解している。つまり「全国に例を見ない段取りの悪さ」と言うことになる。絶滅危惧種の生息域を含む清津川の環境回復を考えると段取りよくやって欲しかった。
次に、放流量が変更できるという水利使用規則の一条であるが、果たしてこのような行政処分が前例なく認められるのであろうか?解説書には「排他的とは、許可された流水の占用が他から侵害された場合に、許可を得ていることをもって対抗しうること、すなわち、法律上の保護を受けることができることをいう」とある。北陸地方整備局(行政府)が「河川管理者が認める場合にはこれによらない・・・」と言っても、国会(立法府)で成立した河川法で東電素案から計算された「許可の内容」が更新されるわけで、東電はその取水量について法的に保護を受けることになる。そもそも「許可の条件」である水利使用規則に「河川管理者が・・・」の1条を加え「許可の内容」を変更することは、何でもできちゃうやり方で、三権分立を僭脱した行政府の越権行為にならないか?・・・ちょっと難しくなっちゃった、月5万円契約で貸す2LDKのアパートを「大家が認めれば同じ家賃で1DKにしますよ」と契約条件に書くようなものです・・・仮に協議会で放流量を増やすよう合意されたとしても、東電は「我々は河川法で当社素案どおりの放流量を引いた使用水量で許可を頂いた(流水の占用料は決まっている)。法的外部組織でもない協議会で放流量を増やすよう合意されても、既に法律で保護されてます」と言える優位になるのである。(みんなの暮らし地球の明日を考える東電はそんなこと言われませんよね)

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「国のチェック機能」
2007-04-12 Thu 08:47
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河川法の国のアリス 第6話 「国のチェック機能」

 刈羽柏崎原発の原子力保安委を欺いた東電の偽装工作に、知事や関係自治体は「言語道断!」と企業体質に不信を重ねた。このニュースを取材したTV局のレポーターは「技術的専門的な内容となると国のチェック機能がないため、企業が自分たちのほうが専門家と思い、改ざんや偽装をしても分からないだろうという体質になる。国は企業に調査報告をさせるだけで自らの調査機能がない」と解説している。・・・聞いていて「その通り!」と頷いた。

旧中里村住民が一昨年から国交省・経産省に要望した「流量観測データねつ造疑義」の調査について、国交省信濃川河川事務所は昨年3月、東京電力に説明会をさせた。東電の説明内容は、複数のチームでやれば複数地点の同時観測は可能だというシミュレーション、道なき雪期に山中の観測点に行くルートの説明、下請け会社からの聞き取りで「観測は行っていた」等で、基準期間10年間について何一つ実際に観測をしたという実証をあげなかった。示された写真や野帳も基準期間以後のもので、「当該期間のものは保管していない」と言っている。この説明では実際に観測をした根拠は何もないのであるが、翌々日に「データに不自然な点はない」と河川事務所は申請審査を終え北陸地方整備局に副申したのには、ただただ呆れてしまった。住民説明会は許可のための踏み台に過ぎない。

同じく原発不正関連記事で、東電が「主に社内の弁護士に聞き取り調査してもらっている」と言ったのに対し、京都大学の香山教授が「会社に雇われた弁護士が『第三者』になるというその考え方自体に問題がある」と懐疑の念を深めている記事があった。・・・これまた「その通り!」で、流量観測でも下請け会社からの聞き取りでは「観測はできませんでした」という答えが返ってくるはずがない。似た考え方はチェックする国にも共通している。以前、河川事務所での懇談会で、流量データについて担当職員は「東電が科学的に観測して・・・」と何の疑問も持たず言ったことがある。東電のすることは正しいという前提で報告を受けており、今まで利水者自身の報告を良しとしてきた仕事ぶりがうかがえる。今回の水利権更新申請では実務をする河川事務所はどんな審査をしどう判断したのかと、「申請から副申までの審査のプロセスが分かる資料一式」を情報開示請求してみた。開示されたのは、東電作の更新申請書とデータ不正に関する調査報告書(説明会で配られたもの)・副申に伴う河川事務所の意見書の3点だけで、審査過程が何も無い。これではただの受理である。河川法第78条では必要がある場合に許可受者からの報告の徴収・立ち入り検査を定めているが、常態での観測報告に国交省が独自にチェックをする仕組みはない。
本店(霞ヶ関)河川局水政課で「今回、電力各社のデータ改ざん・法手続きの遺漏が驚くほど報告されているなかで、湯沢発電所・清津川発電所も該当したが、国は現在申請されている更新許可はできるのか?申請の基礎データの疑義を国はどう審査・判断するのか?」 と聞いた。「許可については大臣処分でないので我々は審査しない、許可するのは地方整備局、申請の観測データ等内容についても審査・許可はすべて地方整備局に委任されている。(これは地方の仕事) 今回のデータ改ざん報告・法手続きの遺漏については、現在各地整に精査させている。全電力に報告の指示をしたのは本省。(これは中央の仕事)」という答えである。「電力に報告させるだけではダメで、国にチェック機能がないのが問題では?」と聞くと「国がすべての調査や観測をするのは無理である。」と。・・・あぁ、これはデータ管理・法手続き・報告のチェックをちゃんとさせる仕組みがないと解決しないや・・・と思い、「今話していて法改正が必要と感じた」と正直に言ったら、場の空気が凍ってしまった。正しく許可行政をするには、企業倫理に任せっきりにしてはいけない部分があるのではないか?今回明らかになった電力各社のあれもこれも不正・偽装てんこ盛りの実態は、法が追いつかない状態になっていることの現れだ。
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河川管理課よ、おまえもか?
2007-04-11 Wed 17:18
県の原子力安全対策室が東京電力・東北電力から歳暮・中元にビール券を受け取っていたことが明るみにでて、出納局が調査した結果、河川管理課ももらってたことが報じられてる。おまえもか・・・いったいぜんたいみんなしてどっち向いて仕事してんの? あ・・・(゜0゜;)そうかぁ・・・どおりでこのあいだ課長補佐に「村では『東電が再利用するのは核燃料だけじゃなくって、水もらいに行った中里土改を苛めて貢がせたビール券も再利用して県の安全対策室に持って行ったのかぁ?』って言われてますよ」と言った時、一瞬マジ顔になったわけだ。自分たちももらってたんじゃん!・・・あぁ嫌んなった。ビール飲んで寝よっと。

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「法の上に胡坐をかく」
2007-04-11 Wed 08:53
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河川法の国のアリス 第5話 「法の上に胡坐をかく」

小雨の 2月23日、霞ヶ関の国土交通省大臣フロアー応接室で、十日町市長・市議会議員・住民らが、信濃川・清津川減水区間解消を切々と訴えた。どの川を見ても水がない十日町市にとって、水を取り戻すことは地域づくりの基本課題なのだ。面談した増喜大臣秘書官の非公式でざっくばらんな会話の中に、「そうか・・・」と発電水利権問題の国交省中枢の考えがチラリと見えた気がした。

 「向こう(電力)が身銭を切る思いで重要な水を・・理屈はそう言うだろうが、出してくれた結果、鮭が生きてるなら、皆さんも無理言いにくいだろうが、本当なのか?余裕で出して『ちょっとやっとけ』というなら同じ結果でも意識が下がる。東電に関しては最近問題があって、少しは効くかと。」「根本で胡坐をかいてる部分があるやなしや。あるとすれば胡坐だけはかいて欲しくない。」「素朴な疑問として、その流域に住んでらっしゃる地域の皆さんが、何の恩恵も被らないことは 長い目で一度ずつでも角度を変えていかないと。永久に総理大臣裁定があったからとはどう見てもおかしい。近所に住んでる人が被害ばかり被って。」・・・これらの言葉には、今まで半永久的な水利権(河川法)の仕組みの中で、電力会社側に甘い部分がある・発電と環境のバランスはもっとシビアに・川の恵みは本来流域にあるべきという考えが根底にある。
「東電の取水量が本当なのかどうか、だんだん疑心暗鬼になってもいけないが、そのためには日ごろの数値をしっかりお互いの事実認識をしっかりしておかないと。清津川は住民争いみたいになってると。」・・・この言葉は大臣レベルとしては破格だ。清津川は知る人少ない信濃川の小さな支流だけど、東電の流量・取水量報告に下流住民が疑義をもっていることは国の中心に伝わって、全電力を震撼させる取水量調査報告を霞ヶ関に命じさせる要因となったらしい。(・・・お騒がせの種になってるぞと言うご注意かな?) 

 また、強固な現行法の中でどうすれば、自然と人間生活の調和がとれるのかをこう語っている。「枠組み自体がガチンときてるから、下の声を吸い上げる方法を利用しないとなかなかできない。やむを得ないかもしれないが、枠組み止めたら何もかも進まないから。だから結局皆さんの助けを借りて、それでこっちで相呼応する、いい意味での相乗効果をねらっていかないとなかなか難しい」・・・流域が長年渇水に苦しんでいるのは誰が見ても明らかで、国としてもおかしいと思っている。しかし、他のことと違い「利水者の権利」の部分までは、お上の権限だけでは仕組みを変えたくても変えられない。それで、流域住民の声を利用して少しずつ繰り返し塗り替えていくしかない。そのために流域はずっと声をあげていてくださいというわけだ。いかにも政治家らしい言葉だなぁと思った。

くしくも、同日、電気事業連合会の勝俣会長(東電社長)は、環境省が発電所建設の際に計画段階から環境影響評価を行う「戦略的環境アセスメント(SEA)」の導入を目指していることに対し、「とんでもない話」と反対する考えを示した。今までは発電所建設計画発表後に事業者自身が環境調査をしていたが、環境省は計画の前段階で事業者以外による環境評価を行うことを目指している。発電事業は環境への影響がとりわけ大きいため、立地周辺住民との間で問題が起こるケースが多い。また水利権のように半永久的に継続される性質があるので、一旦出来上がってからの修整がきかない。環境省の思わくに経産省・電事連がまっこうから反対する構えだが、電力各社は減水区間の解消に、流域住民が何十年も苦しみ、今後も長く取り組まねばならない現状を真摯に受け止めてSEA導入を検討して欲しい。
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自覚がない!
2007-04-11 Wed 00:37
河川管理者に管理してる自覚がない。違反している東電に違反している自覚がない。双方とも重症だ。
国交省は自らが調製保管している水利台帳の記載の説明ができない。原発で臨界まで隠蔽されても「知らなかった」経産省の責任が問われている。80年も勝手に分水されてたのに「知らなかった」国交省の管理責任・能力はあるのだろうか・・・
「集落の人が立ち会って職員がバルブを開けている、5月になったらそうするものだと」東電は自分たちのやってることに何の疑問も感じてない。こうして知らないうちに山の向こうでは水利権もなく清津川の水で米を作っている。80年渇水にあえいだこちらと80年安定取水したあちら。
今年も5月1日にバルブを開けるのだろうか?水盗人の現行犯で東電職員を逮捕できるぞ。
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「軽~い法律」
2007-04-11 Wed 00:12
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河川法の国のアリス 第4話 「軽~い法律」 

昨年秋から全国の水力発電所において、電力各社が国交省に法手続きの遺漏による無許可改築をした報告をしている。その数は合計で3400件にものぼる。報告書を読むと原因として「工事実施箇所において河川法の内容を十分理解せずに業務を遂行していた」「河川法を誤って認識していた」「河川法を理解習得する仕組みが不十分だった」と各社が書いている。おやおや・・河川法もずいぶんないがしろにされたもんだなぁ・・・と思ったら、再発防止対策には「内部監査部門による保安監査において河川法も監査対象に追加する」とある。「河川法も」ってことは、今まで電気事業法だけを対象にしていたってことで、この文章は国交省に対して慇懃無礼だ。「今までは経産省だけに気をつかってましたが、これからは国交省との約束にも気をつけることにします」と言う意味である。国交省はもっとプンプン怒ってほしい。ここまでコケにされても生ぬるい処分しかできないなら、国民は官業癒着を想像してしまう。

水利権とは法の上で「公の水」とされている河川水を 独占的排他的に占用することを河川管理者が河川法により認めている権利である。利水の基礎となる考え方が河川法の中にあると言ってよい。河川法の歴史は長い。明治29年に治水を主たる目的とし河川行政の法典として制定されたものだが、新憲法制定後の整合性や地方分権で幾たびもの改正法案が出されてきた。特に昭和半ばから水力発電により川の利用が盛んになると灌漑取水との問題が多発し、利水についても秩序が求められて昭和39年の法改正となる。その後、急増するダム管理に関する法整備の急務・国民の環境への関心の高まりから形を変え、平成9年に現在の河川法が可決された。河川法の道のりは、河川管理の難しさと直面した歴代河川官僚の努力の変遷であり、時代の鏡にも見える。また現在も関連法も含め進化し続け、最も理解・運用の難しい法律の一つとされている。国交省河川局では(中には水門談合・天下りで問題になっているOBも一部あるけど)多くの地道な公務行為が綿々と河川法を守り続けてきた。川を利用し水力発電をする者が、河川管理者との決め事である河川法を軽んじることは、国政に反する。

申請を要する改築を勝手にやってきたこと、ダムなどの施設で報告しなければならないデータを改ざん偽装していたことは、安全性にも係る不正であり、国交省は「無許可改築・報告データ改ざんは、安全性に問題がないか精査する」としている。しかし、電力各社の膿だしは安全性だけに留まりそうにない。関西電力は40年間水利使用規則に違う手法で報告し、超過取水を改ざんしたと陳謝している。湯沢発電所の取水報告も同様の手法で長年行われていた。その数値からは超過に取水して、報告には最大許可水量で頭切りしたことが読み取れる。東電は2月14日付けで湯沢発電所を含む131の発電所で同様の報告をしたとしているが、「例え発電出力の計算値が最大出力を超過して記録されたとしても最大使用水量の超過は生じていないものと判断している」と勝手に自己完結している。一昨年、取水報告について「東電は水利使用規則を遵守してない」と住民が指摘した時、国交省は「H16からは是正させた」「甚大な損失がない」として問題にしなかった。河川管理者自身が超過取水に甘い顔をし、報告をチェックできていない。きまりは守る者が軽んずれば軽くなり、尊べば尊くなる。管理者は重い河川法の主旨に戻って毅然とした態度で間違いを正してほしい。

今回の不正ではことの重大さに、経産省・国交省は全電力施設の不正総点検報告を命じている。発電事業者が法に沿った手続き・報告を行っているかを監視する機能が、国に不足していることが問題との声があがっている。監視する者より技術的に優れているという自負が、本社重役も黙認の「法を上回る社内ルール」をつくる原因となっている。経産省は原子力発電所の悪質な隠蔽偽装やデータの改ざんについて、国のチェック機能を強化し、許可の一部失効もある厳しい処分をとるとしている。河川法に反した所作を国交省がどう処分するのか注目したい。

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世論が聞こえぬか?
2007-04-10 Tue 00:30
新潟日報が社説で水力発電不正を書いてくれた。新聞社の社説は世論だ。これだけ世論をリードされたら、国は簡単に許可しにくい。東電が申請してからもうすぐ1年半になる。お粗末な東電素案はブザマにタナザラシのままだが、毎日、発電は続いているし誰も困らない。報告の改ざん、改築手続きの遺漏、挙句には勝手に分水・・・これだけ暴露しても発電所は止まらない。やっぱり毎日清津川の水は魚野川に流れて、東電は売電して儲けてる。面の皮が厚い。
社説は こちら↓ 
http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=530


 
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「費用対効果って?」
2007-04-09 Mon 09:18
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています。


河川法の国のアリス 第3話「費用対効果って?」

さまざまな事業の検討において費用対効果が議論されることがよくある。かけたお金の分の効果を望めないような事業はしないほうがいいのは当然である。しかし、この言葉の意味を私は未だによく理解できない。住民側から「費用対効果に疑問がある」と指摘される事業は数々あるし、国交省も治水事業で「費用対効果を考えると○○建設のほうが△△工事より良い」と説明したりする。都合よく使われる言葉であるが、河川法の法文を読んでも費用対効果に触れている部分はない。

第5回清津川・魚野川流域水環境検討協議会で東電小千谷電力所長は、清津川発電所で発電後の水を本流に戻さず川の下をトンネルでくぐらせ湯沢発電所に直結している施設と余水路の改修について「減水が改善される区間の長さ・効果が費用対効果として妥当か」、魚道設置について「技術的には可能であるが、永久工作物を作っても使い続ける見通しがはっきりしていない」と発言している。・・・オイオイ、この期に及んで何を言うの?と思った。

この場合、費用対効果って何をさしているのだろう? 発電事業全体の費用対効果とすれば、湯沢発電所の水利権は大正6年に東京電力の前身日本水力電気㈱に無償譲渡(河川法第34条では水利権の譲渡は河川管理者の承認が必要!)されたもので、これまで80年間も清津川の水を使い続けた発電事業の効果は充分にあったと思う。その間に下流の河川環境は悪化し、清津川では絶滅した魚種もあり、三俣減水区間にはわずかに小さな魚しか棲めなくなった。この集落では昔、鮭やマスの漁獲があり、漁具も残っている。尺イワナが釣れる川でもあった。80年間続いた取水は集落の恵みを奪い、川に親しむ暮らしが失われた。この後たとえ数年しか使用されなくとも、これまで環境への配慮を欠き川原砂漠にしてきた三俣に、更新という見直しの機に直結取水をやめ、生き物が上下流を行き来できる流路をつなぐ費用をかけて改善に努めるのは、川の恵みを独占してきた電気事業者として当然のことではないか?協議会で国交省信濃川事務所長は「一般論として、発電ガイドラインの指導で最も優先しているのは、堰堤の下流にまったく水がない状況を解消すること」と説明し、上流施設に触れていない。どうか三俣に行って見てほしい。清津川発電所の放水路が川の下をくぐる施設(伏せ越し)は河床より高く、川を遮断する構造になっている。これは現在の河川管理施設等構造令では許可にならないが、「昔造った物」という理由で改善されていない。渇水期、ここでの流量は二居ダムの維持流量0.3トンと残流域流量だけである。今後、清津川発電所の放流量が加わっても、僅かな水は「伏せ越し」とすぐ下流の「三俣堰堤」により2度も堰き止められてしまい、川としての連続性に著しく乏しい。一般論で改善策を論じても、この川の環境は回復しない。清津川での発電事業効果に見合った回復策と費用を考えるべきである。
発電事業全体でなく、改修する施設だけの費用対効果を考えるなら、費用は容易に計算できるが、効果とはどうやって計算されるのだろう?漁獲があれば漁獲高となるが、それだけでは置き換えられない。未来図までを効果とするなら、三俣集落が清津川を自然資源にして生活再建計画に含め、どのように利用をするかにかかっている。泳ぎ回る魚を追う子どもたちの歓声を至宝と思う私の満足感はお金に換算できない。環境を定量化することは難しい。まして人の心の豊かさまでを効果として金額にし、かかった費用と比べるのは困難である。
川の環境回復を考えるのに費用対効果というものさしを用いていいのだろうか?立派な肩書きの方であっても電気事業者と話をする時、いつも強烈な違和感に戸惑う。川の水を発電の道具(エネルギー資源)としている電気事業者と、命の水(生活・産業・環境・信仰に至るまで暮らしの一部)としている流域住民は根本的に価値観が違う。発電は他の手段でもできるが、流域には清津川の水でしか満たされないものがある。両者が折り合える効果の目安は模索できるのだろうか?私には東電が言う「費用対効果として妥当か」はとても薄っぺらに感じられ、意味不明なのである。

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選挙は大嫌い
2007-04-08 Sun 23:24
オール与党に近い新潟県議会に風穴を開けたかった。また替えられなかった。こんなに疲弊しているのに・・・何かを替えないと変らないのに。
東京都知事選も然り。当選のインタビューで環境を語る石原慎太郎を見た。東京に住んでいる人に環境問題を語る資格はない。信濃川の水で山手線が走り、清津川の水で東京電力が利益を得る。(私たちが電気を買ってるのは東北電力だ)首都圏のエネルギーのために十日町の資源は収奪されてどの川も惨めな姿になっている。新潟の国道トンネルの電球は3~5個に1個しか点灯していないのに東京のトンネルはどれも昼のように明るい。信濃川に沿って走る飯山線はディーゼルの単線なのに、東京に行くとどの路線に乗っていいのか迷うくらい轟音をたてて電車がはしっている。そんなに浪費して地方から吸い上げて、どこに向かって東京は加速しているんだろう・・・
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「何を維持する流量か?」
2007-04-08 Sun 20:41
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河川法の国のアリス 第2話 「何を維持する流量か?」

川にとってこれだけの流量があれば正常な機能を維持できるという基準はない。国交省が指標としている発電水利権維持流量ガイドラインは0.1~0.3トン/100km2であるが、これが少なすぎることは全国の水返せ運動の結果を見れば明らかである。青森県・静岡県など先進例では0.9トンと約3倍の決着をみている。

河川法解説書曰く「河川維持流量とは、河川の適正な利用及び河川の流水の正常な機能を維持できる最低限の流量のことであり、具体的には流水の占用、舟運、漁業、景観、流水の清潔の保持、塩害の防止、河口の閉塞の防止、河川管理施設の保護、地下水位の維持、動植物の保護が確保される流量をいう。」とあり、清津川のように河川整備基本方針が決定されていない川では、「管理者の総合的判断により各河川ごとに河川管理上の内部基準として、または個別の水利使用等の事案ごとに決められる」とある。

一方、発電事業者にとって維持流量とは川の正常な機能を維持するための量でなく「水利権を維持するために捨てる水の量」と私は感じている。収益を上げるためには放流量はできるだけ少ないほうがよい。その流量で魚が泳げまいが繁殖できまいがそんなことの責任は問われないので、できるだけ少ない量の規範とされるマニュアルに従う。どこの河川でも一様に放流量の目安には『河川砂防技術基準』や『正常流量検討における魚類から見た必要流量について』(河川における魚類生態検討会)が用いられる。これは建て前上引用されている一文献に過ぎず、この方法でどのような成果があったかまとめた研究例もなく、各河川の実情に必ずしも合致しているとは言えない。

さて、そのようにして計算された最低限の維持流量をどうやって放流するかであるが、魚道のない堰の場合はたいてい排砂ゲートから出すことになる。この方法ではほとんどの場合魚の遡上は不可能である。三俣堰堤でも渇水期は2.3cmゲートが開くだけであり上下流を行き来できる魚はいないだろう。さらに、カツサ調整池では高さ21mのダムのふちに何とも不釣合いな直径25cmのパイプを這わせてダムをまたぎ、空中で放水する施設となっている。ここから放流されるのは上流の小渓流取水の維持流量の合算量(年間9ヶ月は0.038トンだけ!)であるが、これでは小渓流の環境改善にならないばかりか、放流量が少なすぎ、風が吹けば空中で飛散してしまうのではないか?と案ずる仕掛けなのだ。まさしく、権利の維持のために水を捨てる施設であり、河川の正常な機能とは程遠いシロモノである。
平成12年の建設省通達には次のようにある。「河川維持流量の設定又は変更を行うため、発電水利使用者が放流口の新設又は改築を行う必要が生ずる場合においては、費用が過大となることとならないよう、河川管理者は技術的な配慮を行うものとする」・・・なるほど、国は事業者に余計な負担を強いることはできないのだ。でも、そもそも何のための放流であるかを見失ってはいないか?新河川法に書かれた環境とはこんな放流のことだろうか?国はどんな技術的配慮をしたのだろう?国立公園内の放流費用は安上がりが一番だろうか?流域の三俣住民がこの方法に疑問を持ってはいないか?

今回の更新に伴うこれら維持流量放流がどのように清津川の環境改善に影響するのか、今後じっくりと検証する必要がある。

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