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人に人としての尊厳があるように、川にも川としての尊厳がある。人と川がお互いを尊重する関係とは?を考えています。
野山に微笑む草花たち
2007-09-02 Sun 10:48
ノコンギク


河川法の国のアリスを書き終えたら、読者から多数の感想を頂いて恐縮至極。
十日町新聞は思わぬ読者層を持ってるらしい。中には、「議会に出てほしい」という身に余るご推挙まで・・・ここまで私を育ててくださった方々に心より感謝するとともに、今後も地域に根ざした発信ができるよう修練したいと思う。
ブログでは身近な花の写真を毎回つけてみた。1回目は早春のころ掲載したので、最終回までに季節の流れが感じられる。
第1回 ニリンソウ    第2回 ショウジョウバカマ
第3回 スミレサイシン  第4回 ミズバショウ
第5回 シラネアオイ   第6回 カタクリ
第7回 キクザキイチゲ  第8回 ユキワリソウ
第9回 イワウチワ    第10回 シュンラン
第11回 オキナグサ   第12回 イワカガミ
第13回 ホウチャクソウ  第14回 サンカヨウ
第15回 ミヤマスミレ?  第16回 ナルコユリ
第17回 ミヤマキンポウゲ 第18回 ホタルブクロ
第19回 ゼンテイカ(ニッコウキスゲ) 第20回  ノアザミ
第21回 オニユリ     第22回 ウメバチソウ
第23回 リンドウ     第24回 イワシャジン

野山にあるがままの姿で、媚びへつらいなく咲く花たちは生命感に満ちている。
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「人としてどう思うか?」
2007-08-30 Thu 13:36
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています
イワシャジン

河川法の国のアリス
 
 第24話 「人としてどう思うか?」

不思議の国を冒険したアリスは、最後に姉の呼び声に目覚め、現実の世界に戻る。河川法の国を冒険してきた私を現実に戻したのは、「法律じゃないんだよ、人としてどう思うか?ということなんだよ」と言う声だ。河川行政は河川法に忠実に行われていると信じていたから、法を学べば清津川の現状を少しでも改善するヒントが見つかると思っていた。だから清津川に係る水利権について、「河川法ではこれでいいのですか?」とこれまで国にたくさんの質問をしてきた。取水量の報告についても、更新申請に使われた流量データについても、超過取水についても、増設時の法手続きについても、目的外の使用についても・・・でも、未だに何一つ東電にはお咎めはない。既に、水利権の期限が切れて1年と9ヶ月が過ぎても、わずかな放流を除いて今までどおり清津川の水は魚野川に流れ、違反をしながら東電は毎日せっせと売電して儲けている。こちらがいくら法を学んで正しいことを言っても、国は違反を知りながらやっぱり東電に取水を許している。「法律じゃないんだよ、人としてどう思うか?ということなんだよ」・・・そのとおりだ。河川法は強き者のために運用されて、弱き者の法ではなかった。

東電に聞いて欲しい。中越沖地震で被災した原発の数々のトラブル・人命軽視の企業体質に、多くの県民は我慢できない不安・不信の中にいる。今後も起こり得る災害において、地震国の原発をどうすればいいのか、少しでもエネルギー政策の安全性向上をはかれるよう、どうか起こったことを隠さず公表してほしい。また、東京の巨大な電力消費を抱え、今はたとえ僅かな清津川の水でも貴重な電力源になっていることは理解できる。が、同じように流域に住む者にとって、清津川の水は替え難い生活水だということを分かってほしい。水利使用者は限られた地域の資源を、ルールを守って利用している。企業の倫理や社会的責任が重視される昨今、家電メーカーも食品会社も、法に触れなくても自主回収や営業自粛を自らの判断でしている。節操ある企業なら、法令を遵守し、長年にわたって法に違う水利使用をしてきたこと、今もなお違反しながら発電していることを恥じて、申請している水利権について、取り下げも含め自ら再考してほしい。

国県にも一言。湯沢発電所の水利権が発生してから93年になる。長い間にこの発電所が地域に及ぼした影響は南魚と中魚の格差となって、基本的な社会基盤に現れている。水道・道路・鉄道・通信・病院・・・何をとっても均衡ある発展とは言い難い。中魚の人が怠けてきたからではない。水利用には人一倍労を費やしているのに、おかれている状況が、まっとうに発展できる条件にないからだ。南魚と同じように新幹線や高速道路を造ってほしいと言っているのではなく、清津川本来の姿を望んでいるだけだ。川と暮らす流域の当たり前の発展の芽を摘んできた発電取水や流域変更という問題の真髄は、河川行政を越えて、人道人権の問題であることを分かって欲しい。一旦許可されたからと言って、未来永劫権利が続く今の制度は正しいのだろうか?何よりも電力が必要とされた大正時代に、国策として進められた水力施設の役割は、長い時の経過で社会におけるその価値も変化している。一方、それが生んだひずみは大きくなって下流の暮らしに及んでいる。流域間格差という不条理を私たちは次の世代にも強いていかなければならないのだろうか?少なくともこんな不平等のもとになっている水利権は根本から見直し、100年を限度に白紙に戻すべきだ。もしどうしても発電に水利権を認めるなら、効率だけにしがみつかず、使用した水を元の川に放水する構造や環境負荷の少ない発電方法に見直す指導をしてほしい。そのために準備するのが行政の役割だと思う。川と人のこれからを、行政と協働で歩むことに私たちは努力を惜しまず参加したいし、もっと行政の考えを聞かせて欲しい。

アリスになりきって難しい河川法の国を冒険しても、今まで何一つ変えられなかった。「そんなに躍起になっても、ちっとも水は増えないじゃないか」と傍観者は言う。そのとおり、放流量は中里村が峻拒した東電素案のまま一滴も増えず、十日町市の提案も検討だにされていない。せめて他の河川並みに流量を確保したかった。現状ではまだ私の負けだ。でもネ・・・諦めることはないと思う。もし行政がダメでも司法があるじゃないか。司法もダメなら新しいルールを立法すればいいさ。その可能性は0%じゃない。発電取水や流域変更が続く限り、この物語は終わらないから、また次の世界を冒険すればいい。たとえ私の世代で解決できなくても、きっと後世、新たな冒険者が現れて、「人としてどう思うか?」と清津川に水を取り戻すことに熱中するだろう。

・・・・・・河川法の国のアリスはこれにて完

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「行政不服審査法活用のススメ③」
2007-08-25 Sat 09:44
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河川法の国のアリスこぼれ話
 第23話「行政不服審査法活用のススメ③」

【口頭陳述ってどうするの?】
行政不服審査法による審査請求には 文書だけでなく、口頭で意見を述べることも認められている。口頭陳述ってどうするんだろう?いい機会なので経験してみることにした。審査庁から「録取書を作成するために、予め意見の要約を送ってください」と連絡がきた。どうやら、一方的にこちらが意見を言い、その録取書を作成するらしい。
せっかく顔を見て話せるのだから、最も説得力のある方法は、開示された文書と東電の正本を比べて見せ、どうしてこんなおかしな文書開示をしたのかを 審査官に心象付けることだと思う。北陸地整が行政文書として私に開示したのは、A4版に縮小された東電が保有していた許可書正本だ。北陸地整は弁明書で、「情報公開法の規定どおり、取得したそのままで開示した」、「東電から取得した」としている。ということは、東電がB4版の許可書をわざわざA4版に縮小して北陸地整に渡したことになる。それなら受け取る時に当然「なぜ、縮小したのですか?もとの大きさで出してください」と職員は言うはずだ。そもそも東電は十日町市にはB4版のままで提示したのだから、国に提出するのにA4版に縮小する理由は考えられない。ということは、北陸地整が情報公開法に反して、何らかの理由でサイズを縮小(改ざん)して私に開示したことになる。だから、この開示事務は初めからおかしい。取得の経緯とどうしてこんな文書開示したのかを審査してほしい。
それに、副本を保管してないからといって、正本を取得して代わりに開示するなんて文書開示の前例をつくることは、今後の情報公開法の運用によろしくない。文書管理は正本副本を取り違えてはいけないのでは?
更に行政不服審査法は、不服の申し出があった場合に行政機関が再考するチャンス「行政の自己統制」の仕組みでもあって、裁判になる前に行政自らが考え、正しい行政を目指すためのもの。北陸地整は、もう一度この文書の開示に問題はなかったか考え直してほしい。録取書の要約にはこれらのことを書いて送った。
3月下旬、暖かな日差しの東京、国土交通省のゲートチェックを受け河川局に向かった。霞ヶ関に来るのは何回目だろう・・・ダムの時からずいぶん通って勉強させてもらったなぁと思った。若い2人の審査庁職員が対面している小さな会議室で口頭陳述は行われた。

●平成19年3月26日 私→大臣(審査庁) 口頭による意見陳述 

実際に開示されたA4版の許可書と、B4版の正本を見せて説明し、概ね録取書のとおりしゃべり、最後に文書開示とは別に参考意見を付け足した。

「発電後流域を変えて放流する東電湯沢発電所の水利権が県民に及ぼす影響は、他の発電施設と異なり大変大きいものがあります。この問題の報道は県民間の感情的な水争いのようにされています。両流域の県民がこの水利権の成り立った歴史を正しく理解した上で、当時と背景が異なる今後に、どのような解決策を求めるか冷静に考えることが大切です。河川管理者である処分庁が史実を正しく国民に説明されることは、関係者相互の理解を深めることになります。今後次々と更新を迎える減水区間と水利権の問題を抱える私たちの地域では、行政と事業者、地域民が協力して水利用と河川環境の新しいルール作りができることを望んでいます。」
 

この審査請求の裁決書は未だに届いていない。どのような判断がされるのかは未知だが、国民が行政処分に疑問を投げる仕組み「行政不服審査法」はこれからも様々な行政シーンで活用されるだろう。「この行政処分はオカシイよ」と思うことがおありの方は、やってみるもよしとお薦めする次第です。

審査請求の詳細はこちら
   ↓
http://myhome.cururu.jp/julyyamasemi/blog
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「行政不服審査法活用のススメ②」
2007-08-20 Mon 10:56
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河川法の国のアリス こぼれ話 第22話 「行政不服審査法活用のススメ②」

【この文書開示はおかしくないですか?】
 行政が保管していなければならない許可書副本がないからと言って、代わりに東電が保有していた正本を送ってきた北陸地方整備局の文書開示は、明らかにオカシイ。副本が無いなら無い理由を調べて、許可内容の不明瞭な点を確認し、史実を明らかにして説明してほしい。「こう言う歴史背景があって、今の許可が続いている」と、国と東電と国民が情報をオープンにし、これからどうしたらいいかを考えればいい。こじれた流域との信頼関係は、ごまかしの上塗りを繰り返していては取り戻せない。そこで「開示されたのは違う文書です」と2回目の審査請求書を書いた。

●私→大臣 審査請求その2「北陸地整が開示した東電保有の正本は、行政が保管している副本と内容が同一とは言えない。こんなものを行政文書として開示するのはオカシイ。審査してください。」 
2ヶ月たって、審査庁から送られてきたのは北陸地整が大臣に提出した弁明書の写しである。
●北陸地整→大臣 弁明書「開示した文書は請求文書として特定できる、請求人の請求を棄却してほしい」
 北陸地整の言い分はこうだ。開示した文書は、請求されたものと文書名が同じだし、「職員が職務上取得したもの」で、「行政が組織的に用いるもの・保有しているもの」という行政文書の要件を満たしている。請求人は情報公開法の解釈を間違えている・・・文書名が同じだって?そりゃあそうだ。だからって内容が同じとは言えないよ。現に、自分たちも東電の保有していた正本に訂正印のない上書きの跡があることは認めてるじゃないか・・・またせっせと反論書を書いた。
●私→大臣 反論書「開示されたのは行政が保管する副本でなく、東電が保有していた正本だ。副本と正本の文書名が同じなのは当たり前。だからって内容の同一は言えないですよ。私は双方を比べて内容の違いがないか確かめる目的で開示請求したのに。」
反論書を出してしばらくしたら、再弁明書が送られてきた。
●北陸地整→大臣 再弁明書「文書の開示は請求の目的によってするものじゃないから、予め東電から取得した正本だと断ってするものではない。昔は行政に副本はあったが、今の文書保存の規則では保存期間30年だから、今なくっても特段不適切でない。」
あらあら、開示する前に「県から取得した」と電話で説明したのではなかったですか?それに、昔、行政に副本があったなら、内容をチェックできたはずなのに、どうして間違った内容を更新したのだろう。
北陸地整は弁明書の中で、「県から取得したと言った覚えはない。」と私に電話説明したことを否認している。電話って都合がいいなぁと思う。何を言ってもお互いに証拠が残らない。でも私はたまたまこの電話のやり取りを同時通訳なみに知人にメールしていた。だから、メールの履歴をみるとほぼ正確に電話内容が時系列で再現されていた。電子メールは証拠として認められるのだろうか・・・弁護士さんに聞いて、簡単な付記をつけたメールを添付して、再反論書を書いた。
●私→大臣 再反論書「県から取得したと言って開示したことは、メールの記録に残ってますよ。それに更新時に、副本が存在したという根拠はあるの?存在してたなら更新時に何故間違った内容を更新したの?」
なんだか子どもの言い合いみたいになってきた。でも、この水利権には昔からイイカゲンなことが多すぎる。だからこそ今の国交省には、後世に疑われるようなことをしてほしくないと思っている。流域を変更して導水する発電を続ける限り、流域間の問題は終わらないから。正しく国民に説明し、正しく次の代に記録を残してほしい。
    ・・・つづく・・・

審査請求の詳細はこちら→http://myhome.cururu.jp/julyyamasemi/blog
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「行政不服審査法活用のススメ①」
2007-08-17 Fri 11:25
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河川法の国のアリス こぼれ話 第21話 「行政不服審査法活用のススメ①」

 河川法から少し離れて、こぼれ話はマニアックな行政不服審査法の体験談。北陸地方整備局(支店)の保有している文書の開示について、「おかしくないですか?」と私が国土交通大臣(本店)に審査請求した顛末です。

【昔の許可書が見たい】
本編11話で書いた清津川の渇水が著しくなった原因の昭和33年の湯沢発電所取水口増設時の変更申請許可書は、日付と番号は分かっているのに許可書が存在しない「まぼろしの許可書」と言われていた。許可した県にも、その内容を引き継いで更新してきた北陸地方整備局にも何故か保存されていないというのだ。半永久的に権利が続く水利権の内容を変更した時の許可書はとても重要で、永年保存文書と扱って然るべきだ。「許可した行政にそんな大切なものが無いのかなぁ?」と情報開示請求をした。
●私→北陸地方整備局 文書開示請求「保管しているはずの許可書を見せてください」 
しばらくすると「国が作成したものでなく、県から取得しておらずありません。請求を取り下げてもらえませんか?取り下げなくてもたぶん不開示になります」と言う電話がかかってきた。
●北陸地整→私 不開示処分「請求された文書はありませんので開示できません」
どうして行政は大事な許可書を紛失してしまったのだろうか・・・と思っていたら、「許可はもらいました」と東電が市役所に許可書を提示してくれた。

許可書は正副同じものを2通つくり、少しずらして重ね、両方にまたがるように契印を押す。契印の上半分があるものを副本として許可権者が、下半分があるものを正本として許可受者がそれぞれ保管し、内容の同一を確保することになる。双方を並べて交付後に内容を書き換えたりする不正がないかを確かめる。東電が提示したのは契印の下半分がある正本である。これをよく見ると、不思議なことに申請書番号が手書きで上書きされ、訂正印がない不明瞭な部分があった。この増設時に何故か申請書の内容と異なる増設前の常時使用水量がそのまま継承されたのは、後日に何らかの操作があったからで、この不明瞭な上書きが鍵か?と推測した。国がちゃんと副本を保管していてくれたら、双方を比べて上書きの意味を調べることができるのに・・・

「不存在による不開示決定」には「この処分に不服があったら60日以内に申立てができます」という但し書き(教示)がある。これが行政不服審査法による異議申立ての期限だ。国民が国の行った行政処分に不服がある時、いちいち訴訟をやっていたら大変なので、簡単に文句が言える仕組みである。審査をお願いすると、大臣(審査庁)が北陸地整(処分庁)と私(審査請求人)に文書で弁明と反論を求め、裁決する書面上の裁判のようなものだ。裁決するのが本店のボス(大臣)なので国に身贔屓な結果となりがちな短所はあるが、費用もかからないし簡単なのが長所。私は、この方法を使って北陸地整の処分を審査してもらうことにした。だいたい、許可書がないなら次の更新の時に国はどうやって仕事をしたのだろう。無いなら無い理由や、いつから無いのかを説明してほしい。それに行政不服審査法の流れを一通り経験して、練習してみるのもいい学習になる。これから水利権許可に異議申立てをすることになるかもしれないのだから。
●私→大臣 審査請求「北陸地整は存在しない許可書内容をどうやって更新許可したの?東電が許可書を持っているのだから、行政にも存在したはずです。審査してください。」

しばらくしたら北陸地整から「やっぱり文書はありました。」と電話がかかってきた。
「県から取得したのですか?」と聞いたら、「はいそうです」と言う。県の書庫に許可書副本があったのだろうか。
●北陸地整→私 不開示処分を撤回、文書開示「請求された許可書を開示し
ます。」 

次の日送られてきた許可書を見た瞬間、「どうしてこんなもの送ってきたんだろう?」と呆れた。北陸地整が送ってきたのは、本来行政が保管している許可書副本ではなく、東電が保管していた契印の下半分がある正本のコピーだった。しかももともとB4版の許可書なのに何故かA4版に縮小して行政文書として開示したのである。・・・ちょっとちょっと、こりゃないですよ。電話で問い合わせたら北陸地整は「許可書は開示しましたから審査請求の争点が無くなり、みなづきさんが請求を取り下げるか、取り下げなくても棄却の扱いとなります。つまり、不服申し立ての対象で無くなります」と説明した。「これで文句の理由がなくなったからいいだろう?」ということかぁ・・・国民が知る権利ってこんなにお粗末なものだろうか・・・ (つづく)

審査請求の詳細はこちら→http://myhome.cururu.jp/julyyamasemi/blog 
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「質問主意書で内閣に問う」
2007-07-12 Thu 12:58
河川法の国のアリスは十日町新聞に掲載しています


河川法の国のアリス 第20話 「質問主意書で内閣に問う」

国会というと何だか遠くて、テレビの中のことという感がある。国民が選挙で選んだ議員が話し合って法をつくる場、国政へのチェック機能の場が国会のはずだけど、中継を見ていると話が噛み合わないままの強行採決、格闘技みたいな決め方で大丈夫?と思う。重要議案でさえそうだから、限られた会期中に小さな問題は話し合いにもならない。議員が持っている質問がすべて議題に上るわけではないし、各自質疑の時間制限もある。というわけで、国会法第74条では、国会議員が内閣府に文書質問して、文書で答弁をしてもらう制度がある。それが質問主意書。テレビ画面の議場以外で、国政の「ここがオカシイ」と思うことを議員が質問できる仕組みだ。質問は議院運営委員会のチェックも入って議長を通じ内閣に転送され、7日以内に閣議決定された答弁がもどってくる。

そこで議員さんに相談し、河川法に違反している目的外の水の使用について、「東電が発電用に許可された水を灌漑用に使っているのはオカシイです。このような使用をさせている国交省はちゃんと許可行政できてますか?けじめをつけないとみんなが守ってきたルールが壊れますよ」と質問してもらった。質問と答弁のあらすじは次のとおりだ。

問.河川法ではこのような灌漑分水は慣行水利権と認めていないが、東電のやってることをどう考えるの?
問.発電目的では取水量は消費しない水という前提で許可しているのに、灌漑に利用すると消費することになりますよ。
問.流域変更しているケースでは、両方の川の下流で農業者がルールを守ってるのに、東電が目的外の使い方をしているのは問題ですよ。
まとめて答.許可を受けずに水を使うこと、目的外に使うことは違反だが、今回の件については、現在、県と一緒に調査中で、法的にどうするかは調査の結果を踏まえてやる。

問.東電は維持管理用水だとして、いろんな発電以外の使用をしているが、どこまでを発電のための水として認めるの?答.河川管理者が利用の目的・方法を踏まえて判断する。

問.湯沢発電所ではこのような分水のことを隠して更新申請し、信濃川河川事務所は「申請は妥当」と副申した。国はちゃんとチェックできてたの?答.5月に命令書をだして法令遵守を求めた。

問.更新のもとになっているデータの中で目的外の分水量はどう考えるの?答.分水量もデータに含まれるので、量が明らかになったら更新申請の取水量の検討をする。

問.東電は発電量からの逆算で、6.121m3/sを超えたものは頭切りして取水量報告したと言っているが、黙って分水していた量はそれ以上に取水したことになりますよ。答.量が明らかになったら、今後の指導をする。

問.分水施設の管理点検はどうしてるの?答.承知してない。

問.東電は報告を求められるまで分水のことを明らかにしなかったが、国は法を守るように指導してますか?答.命令書を出して法令順守を求めた。

問.他の電力施設でも同じようなケースがあるのでは?調べなくてもいいの?答.調査結果を踏まえて判断する。

やっぱり議場の質疑応答と同じで、何だか話が噛み合わない。「国はチェックしてませんでした」なんて答えは返ってくる筈がなく、「調査中だから聞いてくれるなよ」と言うことらしい。でも、大正時代から苦しんだ清津川の渇水の原因は、少なからず今までの許可行政にあると下流住民は思っている。東電の取水をちゃんと管理できていなかったからではないかと。電力という公共性の高い目的の取水だから法を守らなくていいという特権はないし、許可を与えるだけが国の仕事ではない。「発電を続けながら・・・」と東電は言うが、量が多い少ないといった問題でなく、80年続いた違反は現在も進行中だということを 腕っぷしの強い内閣は認めてけじめつけて下さいね。

質問主意書と答弁は、衆議院HPの質問一覧166国会の329番を参照。
(http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_shitsumon.htm)

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「もしも渇水になったら・・・」
2007-06-30 Sat 09:27
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河川法の国のアリス 第19話 「もしも渇水になったら・・・」

今年は全国的に渇水傾向が予測されて、四国や東京の水がめとなっているダムの貯水量は今からピンチで、取水制限が始まっている所もある。国交省は早くも5月24日、河川局に渇水対策本部を設置した。新潟県でも山間地の天水田は雪不足で作付けできないと報道されている。幸い今のところ清津川も魚野川も水量が不足するようなことはないが、今年ほどの小雪年には、「夏は渇水かなぁ?」と心配になる。清津川・魚野川流域水環境検討協議会の水文調査研究チームは、冬の降雪に関わらず、5月からの降雨量が夏の渇水を左右すると報告している。もしも渇水になったらどうなるのだろうか?
 河川法第53条では、渇水時における水利使用の調整を定めている。「異常な渇水により、許可に係る水利使用が困難となり、又は困難となる恐れがある場合においては、許可を受けた者は、相互にその水利使用の調整について必要な協議を行うように努めなければならない。」・・・通常、水利権は10年に一度の渇水時でも取水できるよう許可される。「異常な渇水」というのはそれ以上の渇水時で、そういう時はたいてい周辺地域はどこでも同じように渇水傾向になる。「困難となるおそれがある場合」というのは、上流の利水ダムの貯水量が少なくて、取水制限をしないと足りなくなるという時。いざという時にジタバタしないように、予め話し合いのテーブルを作っておいたほうがいいという通達を昭和49年に河川局は出している。高度経済成長期に都市部での水需要が急激に増えた頃のことである。こういう常設の渇水協議会は、「渇水が予想される河川について原則として各水系ごとに設置」となっている。
 また、同条2では特例として、異常渇水時に渇水調整による水利使用者間の水の融通の円滑化を図るため、河川管理者の承認のもと、簡易な手続きにより水利使用者が他の使用者に水を使わせることができるとしている。近隣のまだ余裕のある他の川から融通したり、他の目的で許可された水を使うには、河川法ではあらためて審査や関係行政庁の意見聴取が要る。でも、緊急時にそんなことをしている時間がないので、特例としてOKしているのだ。この場合、融通する側の水利使用者は自らの使用量を削って、困っている人に分けることを意味しているため、融通元の川には影響はないという前提で判断される。
 さて、これらの渇水時の法的な対策を実際に清津川と魚野川に当てはめて考えてみよう。まず常設の渇水協議会であるが、清津川では既に設置済みで、東京電力と旧中里村とで、平成13年に「清津川異常渇水時における放流要請対応手順書」が河川法第53条の精神に添って交わされ、新市に引き継がれている。下流の灌漑取水ができなくなった時は、電話でその日のうちに対処が可能だ。毎日の水量を見ながら発電取水との調節をして、湯沢発電所三俣堰で放流協力をして頂いている。清津川水系内では今までも渇水傾向があったので、すでにシステムは出来上がっている。
 次に、特例としての水の融通だが、これを清津川と魚野川に当てはめるのは解釈に無理があると私は考えている。理由の第一は、研究チームの報告にもあるように両河川の面積当たりの流量が、現況では2.3倍も魚野川のほうが豊かになっていること。協議会で山本委員発言のとおり、「村長として在籍16年の間に、9回も田んぼに水がかけられなくなり、放流要請している」という慢性的渇水なのは清津川のほうで、余裕があるとは言えない。第二は、どんなに清津川が渇水で困っても、地形的に魚野川の水が清津川に融通されることはないこと。一方的に清津川の水が魚野川に流れ、他から助けられることがない。第三は、電源開発二居ダムの水を緊急放流して魚野川に分水すると、その後の清津川下流の渇水が回復しないこと。二居ダムより上流では、本流も支流も小渓流も東電が取水して清津川発電所、湯沢発電所を経由して魚野川に導水される構造なので、ダム湖への自然流入量がとても少ない。揚水発電では上池と下池に一定量の水がないと発電できないため、一旦その量を減らすと、少ない流入量をチビリチビリ溜めることになる。小・中規模の雨が降っても放流した分の穴埋めになり、台風でも来て大雨が降らない限り、次の融雪期までは元通り溜まらない。その間は最低限の維持流量毎秒0.31トンだけが下流に放流され、雨が降っても放流量は増えない。魚野川では次の雨で渇水が解消しても、清津川下流にとっては、厳しい状態がその後も続く。つまり、魚野川に二居ダムの水を融通することは、単純に電源開発が自らの権利を削る渇水協力でなく、清津川下流に及ぼす影響が大きいため、河川管理者は安易に承認することができない。第四は魚野川には国交省が造った多目的の三国川ダムがあり、灌漑用途に使える水の余裕があること。わざわざ隣の川の揚水発電ダムの水を特例として使わなくても、魚野川の灌漑取水の仕組みを変えて予め備えておけば、同じ水系内で充当できる。また井戸水の利用も可能だ。
これらのことを考えると、渇水時でも清津川の水を魚野川に分水する特例は、難しいと言わざるを得ない。渇水対策の基本はまず同一水系内での水利用の見直しではないだろうか。


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「隣の芝生は青い?」
2007-06-25 Mon 09:17
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河川法の国のアリス 第18話 「隣の芝生は青い?」

十日町市に住んでいる私が、山の向こうの南魚沼市のことに口を挟むのは余計なお節介だ。でも県内で最も水が豊かな地域と言われている魚野川流域の市長や農業者が「清津川に水を返すと足りなくなる」と言うのだから、どうなってるんだろう?と好奇心にかられて水事情を覗きたくなった。とかく隣の芝生は気になるものだ。
魚野川は2,000m級の谷川連峰の山岳地帯に発して信濃川に合流するまで68kmの信濃川中流最大支流だ。流域面積は1504km2と清津川の5倍あり、大源太川・登(のぼり)川・三国(さぐり)川・水無川・佐梨川・破間(あぶるま)川など右岸から大きな支流がいくつも流れ込んでいる。H16年の新潟県の魚野川圏域河川整備計画を見ても「水が枯渇してしまうなど目立った渇水被害はありません」と書いている。清津川・魚野川流域水環境検討協議会の水文調査研究チームは、両川の同じ面積あたりの年間総流量は魚野川が1割ほど多いくらいで似たような川であり、現状では湯沢発電所が清津川の水を導水し流域変更して放水しているため、魚野川のほうが清津川より2.3倍潤沢になっていると報告している。協議会に参加して、清津川への試験放流量を増やすことはできないと主張しているのは、東電が発電後の水を放流した下流の塩沢、六日町周辺地域の委員だ。魚野川では扇状地地形による伏没(川の水が土中に浸み込む現象)も報告されていて、「水はどこへ逃げてるのかな・・・」と川の不思議さに好奇心がくすぐられて我慢できない。
そこで、実際に放流地点から魚野川を歩いてみた。石打発電所の最大取水量は13.5m3/sなので、放水口のほうが魚野川本流よりも流量が多くなって合流している。その下流ではあちこちで川から取水された水が、田畑に引かれて利用されている。取水量が少ないところでは、堰を造らず直接川から引水できるようだ。流れ込む支流と慣行の水利権が、交互に足したり引いたりして魚野川は流れている。灌漑期には西部開田幹線取水口の直下で流量が少なくなる傾向があるが、右支流の登川が合流すると流量は多くなり安定する。登川は、群馬県境に位置する朝日岳、巻機山などに源を発して魚野川に合流する流域面積84km2、流路長21kmの大きな支流だ。さらに六日町を過ぎて三国川が合流する。三国川には国交省が多目的(発電・水道水源・灌漑・環境用水)ダムとして造った三国川ダムがH5に完成している。このダムの夏の利水容量は180万トンでこのうちの半分が水道用、残り半分が発電兼環境用水(正常な川の働きのための水)とされている。これは灌漑にも利用可能な量だが、完成以来一度も灌漑目的の利水の記録はない。魚野川全体を見れば、とても水は豊かだ。舟運もできるほど満々と流れる魚野川を見ていて、「足りないのは水ではなく、水を使う工夫じゃないのかな?」と思った。
こんな魚野川流域の灌漑取水は、本当に清津川の水がないとできないのだろうか?一番取水量が多い西部開田幹線の水利使用許可書を調べてみた。この灌漑取水申請は、数キロ下流の坂戸橋にある国交省六日町観測所の流量から計算されている。ここでは、東電が清津川から導水した水も含まれて観測されているので、予めその分を差し引いて、本来の魚野川の量を求めて基礎データにする。取水地点の実近10年間の一番少ない年の渇水流量を出し、それと申請された取水量を比べて取水できるか検討される。H11年に更新許可された時を例に取ると、算出された取水地点流量は4.871m3/sで、最大取水量3.2m3/sを取水できるとして許可されている。最大取水量は代かき期の取水量なので、雪解け水が豊富な時である。算出された4.871m3/sは平成2年8月22日の流量で管理期であり、実際の取水量は3m3/s(ただし日総取水量の上限があるので平均2.42m3/s)の期間なので、川の約半分を取水することになる。・・・清津川の水が無くても、10年に一度の渇水の時に、魚野川の約半分を取水し、半分は川に残るということだ。魚野川渇水流量の計算書にはかっこ書きで「安全側として、他流域分を除いて算定する。」と記載してあって、申請する時から清津川の水は無いものとして計算してあるのだ。
これで取水が困難になって困っているなら、きっと魚野川には不思議な水漏れ現象がおこっているに違いない。「足りない」と困っているのが、取水ではなくて分配だとしたら、農業水利設計に問題がある。その抜本的な対策を考えることが先で、「発電と環境」という問題ではないよね・・・と素人ながら感じている。

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